2Dゲームの魅力を、往年の人気作から徹底研究

全盛期と比べると

結構やばい

そんなラグナロクオンラインも日本のオンライン市場に登場してから早13年、気づけばもうそんなに時代の流れが過ぎたのかと加齢を気にしたくない、なんて面もある。ゲーム内のアバターはいつまで経っても永遠の17歳的な風貌で老化とは無縁な容姿をしているのが、腹立たしくなるなんて人もいるだろう。そう感じさせるほど、この作品は息が長い作品の1つだ。世界的な観点からしても日本だけでなく、開発された韓国でも根強い人気を獲得している王道のRPG作品となっているわけだが、その状態が今でも根気よく継続しているわけではないのです。

13年、これだけの時間が過ぎたと同時にオンラインゲームと呼ばれるものは数えきれないほど登場し、ゲームグラフィックも2Dドット絵から3Dポリゴンへと変更されるなど様々な進化スピードを遂げているので、いつまでも同じような仕様のゲームが登場するはずもない。ガーディアンハーツについては原点回帰といったコンセプトすら感じられるような、懐かしのゲーム作品としてリリースされましたが、結果がついてこなかった点は残念なところ。最近登場してくるゲーム作品についていけず、またあまりにリアルすぎる作品もいかんせんどうなんだろうかと思っている人もいるから、今の時代にリリースされるゲーム作品ほど個人の好みが重視されるものはないかもしれない。

こう言えばラグナロクオンラインはいまだ順調だと言えなくもないかもしれませんが、実際のところかつて全盛期となっていた時代と比べてみると落ち目の時期になってきており、オンラインゲームの運営としてみればいつまで保つか、などと心配の声が上がっていたりするのです。

確実に減っているユーザー層

パッケージ版とオンラインゲーム版の顕著な違いは、ソフトの購入によって資金回収を行うか、オンラインゲームで基本無料で課金することで資金回収をするか、と言った違いだろう。後者が現在の主流となっていますが、パッケージ版については今現在でも人気作品となれば売上は大変好調だ。人気・不人気という差は致し方無いとして、こうした点でいうならオンラインゲームは中々不利な部分もあったりする。オンラインゲームは24時間基本的に運営されているため、ゲームのバグなどが確認できるよう常に稼働している面がある。一部の部門では対応可能時間は限定されていますが、ゲーム自体の状況を確認するためには四六時中監視する人間を立てていなければなりません。

そうした人々の課金によって運営側も問題なくサービス提供に準拠できるのですが、それが出来ない状況になりつつある。オンラインゲームにしてもパッケージ版ゲームにしても、プレイする人がいなければゲームとして正当な評価を下してくれる人がいなくなってしまいます。そう、ラグナロクオンラインの現状最大の問題となっているのは、ユーザー数が年々減り続けている点が課題となっているのです。

開発元のガンホーは、今や世界的人気を誇るパズドラが主流となっているため問題ないが、ドル箱としての機能はラグナロクオンラインもその1つだった。しかしここ数年の状態を見ると、決して安堵できるような状況ではないのです。

プレイユーザーの推移

日時 接続人数 増減
2006/7/30 67,480 -
2007/7/29 49,944 -17,536
2008/7/27 49,660 -284
2009/7/26 46,913 -2,747
2010/7/25 49,294 2,381
2011/7/31 38,716 -10,578
2012/7/29 31,933 -6,783
2013/7/28 18,726 -13,207

上記の表を見てもらうと、2006年から2013年まででおよそ5万人近いユーザーがいなくなっているのです。単純計算で考えてみると、例えば一人頭毎月1,000円の課金をするとして、この7年でおよそ5,000万円もの損失を出している計算になる。企業としてもわずか7年でこれだけの赤字が出るなど見過ごせる問題ではない。だからこそ当のガンホーはパズドラという作品を創りだしたのかもしれない。

かつてはゲームユーザーの誰もがプレイしたことのあるラグナロクオンラインも、いつの間にか落ち目となってしまったようだ。

王道でも飽きてくる

オンラインゲームの良いところ、終わりが無いためアップデートが行われれば新しいストーリーが展開されることにある。しかしそれでも何かしら世界観の本筋に当たる大きな動きがないと、どうしても飽きが来てしまう。それこそ数年間も動きがないとなれば、退屈なプレイの繰り返しはユーザーが離れる起爆剤となってしまいます。

いくら王道を好む人が多いといっても、マンネリに陥らないよう工夫しながら楽しくゲームが出来なければならない。ただプレイできればいいだけなら良いというものでもない。